読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

短足の犬は可愛い

ゲイリーたゃゃさくオールドマンと呼ばれていた頃もあったよ

ウサギと亀のはなし

何もない日の話

昔からこの話は亀も兎もうざいから嫌いなんですけど、そういう話をします。

亀は何故あんな負け戦を吹っかけてしまったのか。真面目に真面目に歩んだあの時間は、無駄な苦労では無かっただろうか。兎さんに舐めプして頂いたお陰で運良く勝負に勝てたが、あの場面で亀がするべきことは、自身の能力を過大評価して走りで勝負に挑むのではなく、確実に自身のほうが優れている能力を伸ばし、自身の土俵で勝負に挑むべきでは無かっただろうか。足の速さを笑われても寿命の短さを笑えば良いのだ。どうせ二度目の戦には負けるのである。亀がノロノロ歩いてる間に、兎さんはゴールした後ぐうぐう寝ちゃうのだ。伸びた鼻がぽきっと折れて、慢心しない兎さんになってしまって、社会に貢献してしまうのだ。兎さんは自らの慢心による敗北によって自己を捉え直し、亀さんは自己を正しく見つめる機会を失ってしまったのだ。

苦労が努力として評価される時代はいつか終わるし、終わるべきなのだろうと思う。いやまだ社会人じゃないので知らんけど。数学が壊滅的に出来なくて、数学が嫌いで嫌いでやる気を無くした人間にはとっとと数学捨てさせて、そこそこ名のある私立文系狙わせろ。やる気が残ってる人間はとりあえずやろう。高校は決して一番を目指す場所ではなくて、努力して先生にケツ拭わせて選択肢を広げる場所だったのだと漠然と思うけど、苦労するべき方向性は正しく見定めて、その道中で一番を目指すことができたら、良かったなぁ。

いやでも本当、身の程に合わない努力とか、苦労とか、報われたからってプラス及びプラマイゼロになる訳じゃないんだよね。自分で想像してた位プラスになる人なんて、きっと一握りの中の一つまみだろうね。

今思うと、不登校の頃の自分を殺すべく高1の時めちゃくちゃ勉強して、国語の実テで一位を取った時、報われたなぁって思ったもんだけど、今思うとあんなん何にもならんしな。国語の先生と文章の捉え方が似てただけやであんなん。

努力しなかったら報われることはないけどね。何にせよ掛け金って必要だから。

 

まあ私は特に長所もない怠け者の社会のクズなので、自己分析の出来ていない亀さん以下なんですけど。私より優れた人全員私を養ってくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜